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作品情報

応募者名: ほろあま

対象図書: 課題図書 三尺角(泉鏡花)

区分: 高校生の部(2000字以内)

感想文

講評(クリックで表示)

応募者が主催のため、講評なし

『「真直」と「斜め」の美学』
ほろあま

私は泉鏡花の文章が好きだ。この課題図書である三尺角を読んだ時もその文章の美しさにひどく心を打たれた。やや難解な短編だが、何度か読み返すことで、奥深い描写に気づき理解し、より作品が好きになっていった。好きになった要素は大きく2つある。1つは歪んだものと美しいものの対比、2つ目は幻想の解体である。
まず、歪んだものと美しいものの対比は他の泉鏡花作品にも見られる構造で、今作では与吉サイドとお品サイドの両極端な描写が特徴的だった。与吉周りの描写はどこか陰鬱で湿っぽく、出てくる単語も全体的に地味な印象だ。対して、お品の登場する描写は明るくて品のある表現になっている。
この対比において特に着目した描写として「真直」と「斜め」がある。作中では「真直」なものとして船と陸を渡す板と電柱と材木などがある。対して斜めの物として同じく陸へ渡る板と電柱とお品の身体や襷、材木などだ。面白いことに真直として描写された物はすべて後に別の場面で斜めのものとして再び描写されている。この2つのキーワードを見る度に私は何故か嬉しい気持ちになった。これこそが作品の本質であり、これに早い段階で気づいた自分は誰よりもこの作品を理解しているという錯覚があったのだろう。この対比としてわかりやすいのが、潮が満ち水面に浮かぶ美しい船の描写と共にある「真直の板」と暗く病で弱る父がいる家として「斜めの板」の描写だろう。こういった統一感のある対比がとても魅力的で私のお気に入りだ。そして、二章目にいたっては「皆傾いて居る、傾いて居る、傾いて居る」と意図的に斜めをやたら強調された表現があり、与吉の暮らす町と与吉の父という存在が持つ歪みを仄めかしている。
対して、四章と五章のお品に関する表現の耽美さもまた泉鏡花らしく、与吉側とは正反対の綺麗な存在が描かれる。ここではあからさまな下品な言葉を使わずに、それでいてなんだか官能的なお品の妖艶さが事細かに形容されている。なんだかいかがわしい本を読んでるような気さえ湧いてくる。特に「婀娜たる声」のあたりから続く文は秀逸だった。この読点で区切られた修飾語が小気味良く連なる文章は三尺角のお気に入りの一文だ。一文が長ったらしいのは基本的に読みにくいと思っているが、ここまで苦なく読めてに心地いいのは、文章のリズムと連なるイメージが著者によって緻密にコントロールされている証拠だろう。このように文章全体において徹底して「真直」と「斜め」、「いびつなもの」と「うつくしいもの」を対比させている。この対比が両方が持つ別種の趣き深さを互いに補強しているように感じた。そして、このかけ離れた両者の因果が最終的につながるという展開に、大きな意外性をもたらす効果があるのだろう。
好きなところの2つは幻想の解体だ。半ば強引に感じたが、与吉の行動が福音となる着地点への接続は読んでいて驚いた。そして、困惑した。最初に読んだ時は「だからなんなんだ?」と思ってしまった。この短編のオチとして理解はできたが、テーマとして理解できていなかった。その後、何度か読み直してみると、何となく自分なりの解釈を持つことができた。
私はこの物語を、幻想小説の幻想部分の仕組みをあえて解体し、いかにして幻想は生まれるかというものを詳らかにしたものと捉えた。与吉視点の材木に枝葉が生えるという現象を考えるとまさに怪奇現象であり、怪談のような物語に見える。
しかし、お品を交えた因果も描かれることにより、幻想はあくまで一人の少年の勘違いにすぎないことが明かされる。これは「幻想と現実を繋ぐもの」が何かということ浮き彫りにしている。それは想像力だ。
私も子供のころに壁や天井のシミが顔に見えたり、樹木の模様が目に見えたりと恐ろしい体験をした。あの頃は常に想像力と共に生きていたものだ。最後の文にある「この与吉のようなものでなければ」というのは、与吉のような若く目の前のものが全て別のものに見えてしまう危うさを持つ者でなければ、という意味なのではないだろうか。そして、この勘違いの源泉である想像力こそが幻想の本質であることをこの作品は伝えてくれているように感じた。このように私は三尺角が幻想の解体であり、劇的な虚構がどのように作られるかを紐解いている作品として読み取った。この物語の中に特別不思議な事は起きていない。幻想的な物語が好きであれば好きであるほど、この三尺角が持つ分解された幻想にハッと急に我に返り私たちが生きるこの世界と地続きであることに気づくのだ。
以上のように私は三尺角を読むことで、泉鏡花の巧みな文章に魅了され、そして幻想の正体に気づくことができた。今後、私も与吉のように、あの頃のように、幻想に踊らされるくらいの想像力も持って文学を、いや、あらゆる作品に接していきたいと思った。

縦書き版

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