文字サイズ

入選

作品情報

応募者名: ほろあま

対象図書: 課題図書 泥濘

区分: 高校生の部(本文 2000字以内)

感想文

泥濘は作品全体を通して陰鬱な空気が漂い、読んでいる自分までも暗い気持ちに引き込まれる。まさにタイトル通り、ずっとぬかるんでいるような感覚だ。
主人公は、自身の作品が失敗に終わり、今風に言えば「ヘラっている」状態だ。しかし、最終的には元の自分を取り戻したかのように下宿へ帰っていく。
この作品の中で、特に印象的なことが2つある。  
1つは2章冒頭の「三人まで雪で辷った」という場面だ。単に雪の情景への親しみだけでなく、「自身の内面にある苦しさ」と「外で起きていること」がリンクしているような描写に惹かれる。続いて登場する「行き倒れか転んで気絶をしたかした若い女の人」も、痛々しいイメージを生み出している。
ネガティブな精神状態だと物事を悪く捉えがちだという話があるが、この作品の描写はそれを超越している。主人公の精神が世界に反映され、まるですべての登場人物が悲劇を演じているかのようだ。一個人の小さな精神の変化が世界に影響を与えているような描写、あるいはそう見える文章に私は心惹かれる。「泥濘」は梶井基次郎の創作に対する苦悩を描いた私小説として読めるが、よく読むと虚構を豊富に含んだ劇的な作品だ。
逆に、外の些細なことに主人公の精神が大きく乱される描写もある。読んでいると、主人公が些細なことを気にしすぎだと思ってしまうが、自分にも心当たりがある。どんな孤独な状況でも、自分と他人は意外と密接に関係しているものだ。  
2つ目に印象的なのは、冒頭に登場する金や為替といった言葉だ。主人公は失敗により生活に悪影響が出ていると語るが、金銭面での苦しさも垣間見える。その後、主人公は散髪屋へ行ったり、本を買ったり、ビールを飲んだりと金を使う。これは一種の衝動買いのような心理かもしれない。外出してお金を使い、他者とつながりを持つことが、前向きになるための重要なプロセスだと考えられる。しかし、金があるからといって必ずしも前向きになれるわけではない。散髪屋の釜が壊れていたり、求める本が見つからなかったりと、うまくいかない状況が続く。これもまた、先に述べた心情と現実がリンクする表現で、私にとって印象的だ。
このように「泥濘」は全体的に暗くネガティブな雰囲気の作品で、最後まで何か決定的な出来事が起きるわけではない。それでも、最後には微かな救いや希望のようなものを感じさせる。主人公は外で他者と少しずつ関わりを持つが、最終章では最も身近な他者である自分自身を顧みて不安に陥る。そして、最後の場面が地味でありながら強烈だ。銭湯の湯気の匂いによって主人公は我に返るのだ。なんと些細なきっかけだろうか。「泥濘」は人が前を向くための、些細でありながら大切な一連のプロセスを描いているように読める。
同じ作者の「檸檬」のような爽快感はないし、最後までぬかるんでいる印象は拭えない。それでも、少しずつ前に進もうとする意志が感じられる名作だ。私も人生でぬかるんだときには、この作品への聖地巡礼がてら外出し、銀座ライオンで麦酒を飲み、ひとり下宿先へ帰ってみようと思う。